布教120年を記念して製作しました。題は「永遠の祈り」です。
今後も歌い続ける事を考えて、120年記念バージョンと、二番の歌詞が一部異なる通常版の二つを制作しました。
歌詞
「永遠の祈り(布教120年記念ver)」 作詞・作曲 鍵山唯志
(1番)
大阪住吉その地から 起こりし思いは受け継がれ
毎日拝詞の声響く 広前には欠かすこともなく
変わることなく 厳かに
そこに輝く金の文字 あゝ 金光教靱教会
(2番)
多くの一年積み上げて
信心すすめて 幾余年
それでも天地の大御神 その御前には僅か一時と
それならばいざ 永遠の道
歩んで示せや天地の理 あゝ 金光教靱教会
(3番)
学問知識の世といえど 日々難儀は起こり来て
今こそ道理の学を取り その不条理不合理放す時
幸福はその 心得次第
自ら見いだす我がおかげ あゝ 金光教靱教会
そこに輝く金の文字 あゝ 金光教靱教会
※楽曲、歌詞の無断使用、転載等はお控えください。
歌詞の意味
1番:当時の摂津国住吉郡で生を受けた初代教会長、和田安兵衛が靱の地に布教して120年になりました。教会広前では、教信徒らが拝詞を唱える声が毎日響いています。阿波座に移転した現在の教会は戦後に建築されたものですが、その中央には、大きな「金」の文字が掲げられています。
2番:金光教で伝えられている御教えの一つには「人の十年は長いように思うけれども、神にとっては、あちらを向いてこちらを向く時間ほども無い」とあります。沢山の年月を経て迎えた120年という節目ですが、神様から見れば、まだまだわずかな時間にすぎないのです。これからも絶えず信心を進めて、教えを示してゆきましょう。
3番:現在広く行われている”学問”は、世界の仕組みを解明し、理解しようとする行いと捉えることができるでしょう。しかし現状として、人は正確に世の中の道理を知ることができていないのです。そのため、人は理にかなわない行いをして思わぬ災難を招いてしまう事がありますね。また、人知を超えた災害は、人の力で対処するには限界があるのです。もう少し広い視野で物事を見て、道理に沿った生き方をする必要があるのではないでしょうか。
昨今、日本人の多くが抱える人間関係をはじめとした悩みが、複雑な心の営みによって起こっています。時には自分の置かれている境遇が、とても不幸なものに思える事もあるでしょう。しかし視野を変えて身の回りを見てみると、実際にはとても恵まれた状況にあるのかもしれません。幸せとはどこかに落ちているものではなく、自分の中に見出していくものだと私は考えています。
・これらの歌詞には、教会が今まで歩んできた道のりと、これからも信心を進めていきたいという思いが込められています。また、人々に降りかかる災難や不幸について、一つの解釈を示しています。
(作詞者記)
